Essay

ご自由にどうぞ

誰も読まないと思うので、いきなり本文から書き始めますね。

カフェで「ご自由にどうぞ」と言われたら、どう思うだろうか?

あ、唐突に質問してすいません。でも、特に思うことなんかないですよね。

ありがとうくらい?

カフェでコーヒーを受け取った後の、「お砂糖ミルクはご自由にどうぞ」。

よく聞くセリフかもしれないが、このセリフは僕にとって恥ずかしい過去とリンクしてしまう。

おそらく大半の人が聞き流す一言だろう。この言葉で恥ずかしくなるやつなんてこの世に僕くらいだと思う。

カフェで「ご自由にどうぞ」といわれて、無表情で砂糖とフレッシュミルクをごっそり持っていく人はいる。

いや、僕じゃないですよ。見かけることはあるけど。

そんな人を見ると、恥ずかしくないのかなあ、とか思ったりもするが、僕が言っている恥ずかしさはまた別だ。

そういう恥ずかしさではない。

大学2回生の頃、僕は京都の百万遍に住んでいた。

大学生なのでバイトをしなければ、遊ぶお金なんてもちろんない。

その頃は祇園にある個人経営の居酒屋で働いていたが、週に一回しか入れなかったので、そろそろバイト増やさないとなあと思っていた。

河原町にあるスタバとかタリーズでバイトすれば、おしゃれに見えるんじゃないだろうか。そんな青臭い理由で河原町のカフェを探して応募していった。

しかし、河原町となると倍率も高く、コミュニケーションスキルが高い人間が多い。

そんな人間に僕なんかが敵うはずもなく、一切おしゃれなカフェには受からなかった。

諦めかけていた時、四条烏丸あたりに、何やらレトロで渋そうなカフェを見つけた。

名前出していいよね?ダメかな?

まあ、誰も見ないだろうしいいか。

というか、困るのはわし?

「上島珈琲店」である。いっちゃった。

当時は、上島竜兵?と思ったが、すぐに違うということに気がついた。

「UCC」と書かれていたからである。

あ、UCC!知ってる!

ミーハーな僕は、上島ありだな、と直感で感じた。

すぐに電話をし、面接の日程を決めてもらった。

今度こそ絶対に受かろうと思っていたので、上島珈琲店について調べまくり、社長の名前や、設立は何年か、上島珈琲店が掲げる想い、まですべて暗記して面接に臨んだ。

そこの店長の第一印象は、小熊である。

僕は勝手にK熊ちゃん(けーぐまちゃん)と呼んでいたが、まあそんなことはどうでもいい。

肝心なのは、面接である。ここに落ちれば、もうおしゃれなカフェを探すことはないだろう。

K熊ちゃんに聞かれたことは想定の範囲内だった。

「志望理由は?」

「家はどのへん?」

「大学はどこ?」

「サークルは?」

などである。

「ふん、そんな質問はすでに、織り込み済みだ!」

もっと上島珈琲店のクイズ的な何かを出してきやがれ!という、なんとも的はずれなことを考えていたことが恥ずかしい。

まあ当時は20歳になったばかりだったので、許してあげよう。

しかし、そんな見当違いの期待とは裏腹に、あっさりとその場で合格したのだ。

それまでさんざんカフェに門前払いされてきた僕からすると、拍子抜けもいいとこだった。

「あ、ありがとうございまっす」

噛み噛みになりながら感謝の気持ちを述べると、最初は研修をするから、この日来れる?という話になり、初回の研修日が決まった。

もういろんな友達に言いまくった。

なぜ自分の中で、カフェで働くことがそこまで大きいステータスを占めていたのか、全く理解不能だが、とにかく嬉しかった。

さらに上島珈琲の歴史を調べ(だから見当違いだって)、初回の研修の日になった。

僕は、上島珈琲について詳しくなっており、逆に上島珈琲のことなら何でも聞いてくれ状態である。

しかも、バイトというのは、第一印象が大事なのだ。ここでいいとこを見せつけて、「できる新人」としてやってやるぞ、と意気込んでいた。

K熊ちゃんから、上島珈琲はどういう会社なのか説明をうけていたが、すでに織り込み済みの知識だったので、すかさず合いの手を入れる。

K熊ちゃん「社長の名前は…」

うっちー「〇〇さんですよね」

おお!知ってるんだ!と驚かれ、勉強したので、と当然のように答える。

K熊ちゃん「設立は19……」

うっちー「〇〇年!」(すいません、もう覚えてない)

K熊ちゃんは、勉強したんだ!偉いねと褒めてくれた。

すっかり舞い上がった僕は、聞かれてもない上島珈琲店の歴史を自分から話し始めていた。

ただのファンである。

しかし、K熊ちゃんからしてみると、そんな熱心に勉強してくる学生はいなかったのだろう。

K熊ちゃんも喜んできいてくれた。

よし、「できる新人」を見せつけることができたぞ!と、またしても的外れな考えだが、もういいでしょう。

それくらい上っ面で着飾ろうとしていたんです。

会社説明も終わり(3割はうっちーが話した)、いよいよ具体的な仕事の話になった。

例えばこういう状況になったら、どうする?という、まあ簡単なクイズみたいなものである。

個人経営の居酒屋でバイトしていた僕は、なんだそんなことかと、気を緩めていた。

K熊ちゃん「接客する上で大事なことは?」

簡単すぎる。

うっちー「身だしなみとか、笑顔とかですかね」

K熊ちゃん「そやな、どっちも大切やけど笑顔は、特に大事やな。まあうっちーも接客したことあるんやし簡単やったか」

そう。ぼくは初バイトではないのだ。ほかの初々しい学生と一緒にしないでほしい。

K熊ちゃん「じゃあ、ちょっと難しいパターン」

ほう。かかってきやがれ。

「お客さんがコーヒーをこぼしたとき、まずなんていう?」

コーヒーをこぼしたとき?

んー、せっかくお金を払って買ったものだから、新しいのとお取り替えします、とかだろうか?

いやでも、お客さんは、コーヒーをこぼしている。

コーヒーは熱いし、カップも割れてるかもしれない。

火傷か怪我をしていないか聞く方が先決だろう。

そう確信したうっちーは、「お怪我はありませんか?ですかね」と答えた。

K熊ちゃん「そう!正解!さっすが~」

あ、ありがとうございます、と照れる自分。

K熊ちゃん「これ意外と、一発で答えれる人いなくて、まず新しいコーヒーと取り替えようとするんだよね~」

ふう、危ないところだったぜ。

しかし、ここまで完璧に事を進めてきた僕である。

この問題に正解し、K熊ちゃんにかなり褒められていたことで完全に気が緩んでしまった。

K熊ちゃん「じゃあ、その次はどうする?」

その次?

気が緩んでいた僕は、完全に意表をつかれた。

うっちー「おケガはアリませんか?の次、デスカ?」

思考が止まりかけていた僕は、カタコトになりつつあった。

メンタルが弱いのである。

K熊ちゃん「そう。次。」

ヒントはくれないみたいだ。

次ってナンダロウ?さっきで終わりじゃなかったのか?と思ってしまっていた僕は、全身から汗が吹き出るのを感じていた。

なにせ、ここまで完璧なのだ。

ここでミスしてしまう訳にはいかない。

焦った僕は必死に思考を巡らせた。

そして、ようやく絞り出した答えが、そう、あのセリフである。

「ご自由にどうぞ、ですかね……」

K熊ちゃん「えっ」

うっちー「え?」

お互いが、え?え?となっており、何が起きたのかわからない。

K熊ちゃんも、予想の斜め上をいく回答に、一瞬思考が停止したのか、あれ?問題が伝わってなかったのか?的な顔をしている。

しかし、焦って答えた僕の様子をみて、本気で言ったのだとわかった刹那、腹を抱えて笑いだした。

いやいや、それはないでしょ、と笑いをこらえるのに難儀しているようである。

ようやく、自分の回答が、おかしなものだと気づいた僕は、顔を真っ赤にした。

「あ、いやっ、ちがっ、間違えますた!」と赤面して言う僕をみて、さらにK熊ちゃんは爆笑する。

冷静に考えて、その状況で「ご自由にどうぞ」はおかしいだろう。

いや、ありえない。サイコパスだ。

そんなことを言う人間がこの世に存在するとは思えない。

だって、コーヒーをこぼしたお客さんに、「お怪我はありませんか?」とフォローした直後に、「ご自由にどうぞ」と言っているんですよ?

やさしいのか冷たいのか、全くわからない。

なぜそこで、突き放すのか。

このときの自分は、お客さんが罪悪感を感じていることを気にさせないように、もう後はこっちに任せて大丈夫なので、空いている席に座っていてください、という意味で「ご自由にどうぞ」と言ったのだろうが、だとしても、段階をツーステップほどすっ飛ばしている。

いや、そもそも「ご自由にどうぞ」はありえないのか。

コーヒーこぼす→お怪我はありませんか?→空いている席に座っていてください→新しいコーヒーお持ちします→お待たせいたしました→ミルクとお砂糖いりますか?

どうみても「ご自由にどうぞ」が入る余地はない。

ぎりぎり、最後の最後で、「ミルクとお砂糖はご自由にどうぞ」はいけるかもしれないが、コーヒーこぼす→お怪我はありませんか?→ご自由にどうぞは、どうかんがえても突き放し過ぎである。

所詮は、個人経営の居酒屋の週一バイト戦士だった。

いや、戦士ですらない。荷物持ちくらいの役にしかたたないだろう。

そんなやつにスキルが身についているわけがなかったのだ。

いくら付け焼き刃で、上島珈琲店の知識をつけたところで、装備品だけ豪華に揃えて戦場に行くようなものである。

そんな状態じゃあ、当然戦死する。いや、した。

戦士になれないまま、戦場で戦死したのだ。

メンタルが弱い僕は、その瞬間からボロが出始めた。

これ以上自分の恥を晒しても、どんどん僕の印象が悪くなってしまうだけなのでやめておきましょう。

とにかく、僕はこの「ご自由にどうぞ」というセリフにトラウマを覚えている。

「ごゆっくりどうぞ」ですら危うい。「ご自由にどうぞ」とリンクしてしまう。

どうか、お願いします、この世からこんな社交辞令のセリフを、宇宙の彼方に滅却させてください。

でないと、僕は今日のように、すき家で赤面するでしょう。

すき家だけではない。

スタバでは「お砂糖ミルクは後ろからご自由にどうぞ」と言われた。

これ以上、僕を辱めないでください。

僕には「お砂糖ミルクは後ろから」が聞こえていません。

「ご自由にどうぞ」がフラッシュバックします。

どうか、飲食店で、「ご自由にどうぞ禁止令」を発令してはくれないでしょうか。

追記

こんなエッセイは僕しか読んでないと思うので、追記する必要はないと思いますが、この上島珈琲でかけがえのない出会いをたくさんすることができました。

唯一の失敗が、「ご自由にどうぞ事件」です。

過去に戻れるのだとしたら、僕はあの瞬間に戻るでしょう。

みなさんは、自分だけが感じる恥ずかしいセリフ、ありますか?